1950年(昭和25年)にオープンした県営宮城球場。
1973年からの5年間は、ロッテオリオンズの準本拠地としても使用された。
その時、設置された照明やスコアボードは、
「当時としては最新式だった」(関係者)のだそう。
1973年10月10日、ロッテオリオンズの八木沢荘六が対・太平洋クラブライオンズ戦で、
また、1978年8月31日には、阪急ブレーブス・今井雄太郎が
対ロッテオリオンズ戦で、それぞれ完全試合を達成。
1992年7月21日、地方球場では初めて
プロ野球オールスターゲームが開催された。
2004年11月、楽天のプロ野球新規参入に伴い解体。
両翼91.44m、中堅121.92m。収容人員は28,000人。

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宮城球場の”名物”だった手書きのスコアボード。
電光掲示板化が進む中、レトロな感じは異彩を放っていた。
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グランドとスタンドが一体化した瞬間。
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外野の芝と外野スタンドの芝の緑がひときわ目立つ。
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数多くの球児がグランドの土と芝を踏みしめた。
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100万人都市の中心部にあるとは思えない、のどかな球場。


04/5/15 「杜の都の早慶戦」とも称される仙台一高・二高定期戦。
この時ばかりは、球場内が異様なボルテージに包まれた。



04/7/24 空の青と芝の緑。
緊張した試合が続く中、選手をそしてファンを癒してくれた。
宮城の野球選手やファンにとって、宮城球場は「故郷」である。



04/5/15 内野席のコンクリートにヒビが入っていたり、
スコアボードが手書きだったり…。
悪くいえば「古くさい」球場だったが、
だからこそ、他の球場にはない情緒も見られた。